参考図書・資料
- 鬼の日本史 上―福は内、鬼は外?(沢 史生 著)
- 白の民俗学へ(前田 速夫 著)
- 中世前期における職能民の存在形態(網野 善彦 著)
- 被差別の民俗学(折口 信夫 著)
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妖怪道中記 民話・伝承編
伝承編-妖怪レポ番号15 2020/09/13
浅草の牛鬼 二の続きです。
「牛鬼大規模デモ説」というのは沢 史生氏による一説で、
>浅草と牛嶋神社に現れた牛鬼が元になったのは、かつて大和から故郷を追われ蔑まれて生きた人々が、抵抗して起こした事件だった。
という切り口の一説です(デモというより、テロですかね…?)。
「江戸の被差別民」を中心に浅草の郷土について調べ直した内容から、ちょっと考察を進めてみようかなと思います。
どうも、人権セミナーや近年出された部落差別についての書籍等で言われている内容と沢氏の主張で、何らかの食い違いがある様に思えました。
どうやら書籍「白の民俗学へ(前田 速夫 著)」によると、被差別部落・被差別民が発生した起源は大まかに二種類の説があるようです。
かつて穢れとされ、賤視(差別)されていた人々の事でレポした内容は、1.中世起源説となりますが、
沢氏の「大規模デモ説」(しろたが勝手に命名)は、2.古代起源説が前提のようです。
古代起源説は、大和に抵抗したまつろわぬ民が捕虜として移り住まわせた「別所」と呼ばれる場所が、後の被差別部落と位置付けています。
※「別所」は宗教施設など他の用途にも使われます。
それと、生き物を殺して生計を立て死に関わる生業をする人々に対して「穢れ」として差別するようになったとも書きましたが、 古代起源説・大規模デモ説では、大和が殺生を罪とする仏教と共に農耕を広める前から今の日本に住んでいた「狩猟によって生活する人々・大和に反発した人々」を被差別民と結びつけた考察をしています。
一方、大規模デモ説について書かれた「鬼の日本史(沢 史生 著)」では、牛嶋神社のご神体である
素戔嗚尊は穢れを身に纏い・請け負う神であることから、その化身である牛鬼に王権から穢れとされ排斥されてきた人々を当てはめた、ということになりますね。
とは言ったものの古代起源説は、中世起源説に比べると調べた限りでは裏付けとなりそうな情報が少なく、学問的(?)にも信憑性は極めて薄いとされているようです。
そのせいか有力となる裏付けはなかなか見つけられませんでしたが、繋がりそうな内容はわずかながらもあったので書いていきます。
古代起源説からちょっと離れ、大まかな時代な流れを抑えていきたいと思います。
事件のあった鎌倉時代は、律令時代に築かれた荘園制度が崩壊し、大和王朝から武士中心の社会に移り変わっていた時期とされてます。
大和王朝が支配する寺社へ武士の武力的な介入もあったけどその一方、網野氏の「中世前期における職能民の存在形態」によると、
大和王朝は次第に顕著になる神人・寄人・供御人の動きに対し、天皇直属の供御人までふくめて、きびしく抑制しなくはならなかったが、その間に王朝と寺社の間の矛盾、紛争が激化していったことは、すでに周知の通りである。
と、ありました。
神人・供御人は、農業以外で生活する「平民」とは異なり、神(天皇)に仕える位置づけとされた職能民です。
時代が進むと同時にその数も増え力も強くなり、やがて自立した集団になっていき、王朝への反発も次第に強くなっていったとあります。
なのでこの時代的な流れのいったんとして、浅草寺で何らかの抗争があったとしても不自然ではなさそうですね。
他には村々を訪れて神々の伝承を広めた「まれびと(ほがいびと)」にありました。
提唱した折口氏によると、ほがいびととして流離した最初の人々は「大和王朝に早く滅ぼされた国や村の君主を神と仰いだ人々」とされています。
さらに、社を持たなかった「ほかい」形式の宗教者は、大宝律令(延喜式)で定めた神社制度の浸透で地位が落とされていったという指摘もあります。
以上、浅草の牛鬼 一の「排斥されるものとしての牛鬼」でレポした大規模デモ説について、ヒントになりそうな新たな発見を纏めました!
大和王朝への反発が多かった時代で裏付けになりそうな情報もありますが、どれも間接的だし、
なもんで、
可能性は0ではないけど、低めかなぁという印象です。
ただ古代起源説については、解釈によっては天皇批判のプロパガンダや今でも社会問題となっている部落差別の助長になり得る内容だから、題材とするのも難しいかと思います。
多くの人は、そうなることを望んでいないはずですからね。
にも関わらず、鬼の日本史では大和王朝による侵略による悲劇を、いくども書かれています。
何故ここまで強く伝えようとするのか―。
書籍では時折、沢氏自身が体験した戦時中の事柄がつづられていました。
明治の…大和王朝をモデルとした王政復古で成立した天皇中心の国家が身を投じた大戦を、その身をもって体験したんです。
これは憶測になりますが、
古代・大和王朝による侵略を、沢氏自らが体験した大戦の悲劇と重ねていたのではないでしょうか。
「二度と戦争の悲劇を繰り返してはならない」、
という切なる願いが込めてられているように思います。
ちなみに、
現代皇居宮中で元日に行われる歳旦祭では、
大和の主神である天津神だけではなく、天津神が降り立つ前からのおわした土着の神々にも祈りを捧げています。「宮中祭祀と刀剣」より
その土着の神々とは、大和王朝に排斥され王朝に抵抗した人たちの神。すなわち、大規模デモ説で言う牛鬼にされた人々の神でもあります。
大規模デモ説は過去の真相よりも、
「今こうして、皇宮で侵略で追いやった人々や神々のために祈りを奉げている事実が、重要な答えではなかろうか」
そう思えました。
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