2015年6月の報告の補足(2022年11月にテキスト再編)
2015年6月のチャット会で悪魔祓いの話題になり、「悪魔と妖怪はどう違う?」「サタンって何?」他に代表的な悪魔の名前についての疑問が上がりました。
色々話せることがあったのですが、茶会の時は陰陽師の話に夢中でスルーしてしまったため、ここで補足してます。
過去に統一教会で受けたセミナーがキッカケで得た知識や、そこで気づいた内容に基づいています(一般的では無いかも知れません)。
当時は妖怪サイトに載せてもあまり意味が無いと思い、名前を伏せて参考程度の内容にしてました。
しかし安部元首相銃撃事件(2022年)をきっかけに、旧統一教会やカルト宗教に対して世の中の関心が高まっている感じなので、その辺も交えて書き直すことにしました(需要があるのか分かりませんが…)。
なので民俗学・妖怪学的な視点ではなく、どちらかと言うと宗教的な観点かも知れません。お許しください。
まず悪魔ですが、Demon・Satanの二種類に分けて考えています。
Demonというのは人智を超えた霊的な存在で、その中でも特に人間に害を為すものを指す事が多いので、アジアで云う鬼神や妖怪に近い存在。
対してSatanですが、古くはユダヤ教の起源にあり、当時の過酷な民族同士の争いの中で生き残るために生まれた唯一の神。絶対善を作りだすために絶対悪として生まれた概念です。
自分たちの神。すなわち自分たちの教えが「絶対的に正しい」と信じる為に必要な絶対悪。それがSatanです。
もう一つチャット会では、次の疑問がありました。
「(多分TVの)悪魔祓いの時に名前が出てくる『ルシファー』って何?」
これに関しては、実は重要な意味がありました。
統一教会のセミナーでは、さっき妖怪と悪魔の違いで書いた「Satan」としてトラウマになるほど沢山出てきます。
セミナー(1990年代のもの)は大まかに、正式名称は忘れましたが【1.創世記、2.堕落論、3.完成期】と分かれ、問題のSatanは「2.堕落論」に出てきます。
「1.創世記」では、「神はひとつの命そのもので、人も自然や他の生物すべてとひとつに繋がっている」という根源となる内容。
これはキリスト教のみならず、神道や仏教…他の宗教にも通じるもので、命あるものであれば間違いなく誰でも共通して感じることが出来るものです。
「2.堕落論」に進むと、Satanが人類の始祖であるエバを誘惑し→堕落させた事を理由に、「自分たちでは認識出来ない」「メシアを通じてのみ知ることが出来る」という展開になります。
でも実際は、私のような一般人でも普通に見えて命の塊と対話が出来るので、まったくおかしな話です。
このような明らかな作り話、普通に考えれば信じません。でも実際は、それを信じる者がいて組織が形成されていくのです。それはなぜか。
隔離された施設で、絶対に正しいとする教えを否定する人がいない状態で、受講者の一人が「おかしくない?」と言っても上手いこと封じられ、誰も聞く耳を持ちません。
例えばいじめの現場やブラック企業にある、今でいう同調圧力もあると思います。
そしてそれよりもっと、本質的な理由は、彼ら…教会の人々がSatanと主張するルシファー(セミナーではルーシェル)とやらが、「元々は神の御使い(天使)」ってところにあります。
セミナーでは、心は知・情・意に分かれているとしきりに言われました。
そしてSatanの御使いは、3つの心のうち「知」を司ると別のどこかで聞きました。これがすべてを物語っているように思えるのです。
知恵の心は、自ら神(命の塊)を知り、自ら見出し、繋がり、そのために思考するもの。つまり統一教会は、教えを絶対的に信じさせるために、知恵の御使いをSatanにすることで人々から「知」を一掃しようとしているのですね。
言い換えると、失った知恵の代用として教義を埋め込み、絶対的な心と信仰の支配をしているわけです。(セミナーで自らそれを証明してしまっているのは、ちょっと驚きです(笑))
以上が、「悪魔と妖怪の違い」「よく出るSatanの名前の正体」についての補足です。Satanに関してが大半になってしまいましたが…。
「Satan」での意味合いの悪魔は、今回取り上げた統一教会にあるような宗教で人を支配し、思想や人種などの違いであらゆる分断を生む「絶対善・絶対悪」の概念から来ています。
こっちは全くもってお断りの概念です。妖怪館で取り上げるのも、基本的にこのページだけにしておきます。
一方「Demon」での意味合いの悪魔は、人の目に見えない人智を超えた存在。
妖怪は日本のDemonとも言えます。妖怪館は、タイトル通り日本の妖怪がテーマのサイトです。
妖怪道中記では、江戸を中心とした妖怪をまとめています。よろしくです。